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街並創造 分譲マンション

かつて日本の住宅に【デザイン】を持ち込んだ住宅メーカーがありました。

その名は、日本ホームズ株式会社。
戦後のトンネルを抜け、高度成長の予兆が見え始めた頃、「日本に質の高い住宅を」という理想を掲げて1964年に設立されました。 その思想は、住まいを「ハウス」ではなく「ホーム」と捉えた「暮らし」重視の発想。
大いなる志は、日本になかった建築工法や住宅の機能、住まいのデザインという視点を導入し、
日本に画期的な新しい住文化をもたらしました。

新日本ホームズ歴史

日本で初めて、日本人のための2×4工法を開発。

施工・行程や流通の合理化、住宅のデザイン性…。
「質の高い住宅」をめざした日本ホームズは、1960年代初頭の住宅業界が直面していた課題を解決する方法論として、2×4工法に辿り着きます。
当時、日本人のために2×4住宅を供給するノウハウは皆無に等しく、アメリカに学びながら自分たちの手でつくりあげていく必要がありました。
日本の風土にあった日本仕様の2×4住宅を完成させるために試行錯誤が繰り返され、遂に1965年5月、東京都港区芝にオープンしたモデルホーム「プリンスハウス」に結実します。
モデルホームは、外観だけではなく、セントラルヒーティング、全館給湯、オリジナルシステムキッチン、ウォークインクローゼットなど、住宅機能の面でも大きな反響を呼びました。
それは、日本の新たな住まいづくりのスタートでした。

ひとつの理想から、
多彩なオリジナルが生まれました。

2×4工法をもとに、日本の住宅の可能性を高める日本ホームズの挑戦は続きます。プリンスハウスは、各地に建築され街並みを大きく変えていきますが、併行してさまざまなニーズに対応した2×4住宅を生みだしました。フランク・ロイド・ライトの建築様式に学び、深い庇や水平ラインを強調した外観の「グランドシリーズ・コンチネンタル」は、都市型住宅の新しい設計手法に対し「ゆとりとひろがり」を徹底的に意識して開発されました。その後も日本人の住まいと未来を見据え、ナチュラルデザイン、ベース、ブロッサム等の様々な住宅を提案していきます。

沿革 沿革
沿革
沿革
沿革

発想力、デザイン力、
技術力を継承して、
新日本ホームズ株式会社、設立

日本初の2×4工法の導入から20年を経た1985年、日本ホームズは東京・世田谷の住宅展示場に、現代日本人のための邸宅として二子玉川モデルホームを発表。“憧れだけの欧米風”ではなく、“懐古趣味だけの和風”でもない住空間は世代を超えた共感をいただき、これからの日本住宅のひとつの流れを示しました。この日本ホームズの発想力、デザイン力、技術力を継承して、1983年新日本ホームズを設立いたしました。

1964(昭和39)年8月 日本ホームズ株式会社設立。(平成21年3月末閉鎖)
新日本製鐵(株)と竹中工務店の共同出資により設立。
日本で初めて一般木造住宅に2×4(ツーバイフォー)工法を導入。
1976(昭和51)年10月 同 九州支店開設。
1983(昭和58)年1月 新日本ホームズ設立。
日本ホームズ株式会社九州支店(北九州市)を分離独立して設立。
資本的には新日本製鐵(株)系列に属し、日本ホームズ(株)の技術を継承する。
1987(昭和62)年4月 福岡市に福岡営業所開設
香椎モデルホームオープン。
1992(平成4)年4月 福岡営業所を支店に昇格。博多駅前に事務所移転。
1993(平成5)年5月 香住ヶ丘に新香椎モデルホームオープン。
1993(平成5)年8月 北九州市八幡東区に、東田モデルホームオープン。
1995(平成7)年5月 福岡支店を東区香椎へ移転。
1996(平成8)年10月 青山モデルホームオープン。
1997(平成9)年4月 福岡支店福岡南営業所開設。
同福岡南モデルホームオープン。
2000(平成12)年12月 現住所へ本社移転。
2004(平成16)年6月 香椎浜モデルホームオープン。
大野城モデルホームオープン。
2006(平成18)年10月 青山モデルホームオープン。
2011(平成23)年8月 福岡支店を現住所へ移転。
2011(平成23)年10月 ひびきのモデルホームオープン。
2013(平成25)年2月 マリナ通りモデルホームオープン 。

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